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東京地方裁判所 平成7年(特わ)1339号 判決

裁判所書記官

丸山和子

本籍

東京都渋谷区上原二丁目一一七七番地

住居

東京都渋谷区上原二丁目一三番一二号

会社役員

大谷享子

昭和一一年二月一一日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官長島裕、弁護人土屋東一(主任)、同岩﨑淳司各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都渋谷区上原二丁目一三番一二号に居住し、実父大谷貴義の死亡により同人の財産を他の相続人とともに共同相続したものであるが、相続財産の一部である割引債券等を除外して課税価格を減少させる方法により自己の相続税を免れようと企て、被相続人大谷貴義の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は四二億九三二三万三〇〇〇円で、このうち自己の正規の課税価格は一三億六六九五万一〇〇〇円であった(別紙1の相続財産の内訳及び別紙2の脱税額計算書参照)にもかかわらず、平成三年一一月一八日、東京都渋谷区宇田川町一番一〇号所在の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、相続人全員分の課税価格が二四億一一四五万五〇〇〇円であり、このうち自己の課税価格は九億九〇五九万六〇〇〇円で、これに対する自己の相続税額は五億四二四二万六一〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(平成七年押第一三一三号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、自己の正規の相続税額八億三〇一〇万五三〇〇円と右申告税額との差額二億八七六七万九二〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書六通

一  大谷キミ、大谷裕巳、中村美嘉子、木下吉右及び細好伸の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の有価証券(その他の株式)調査書、有価証券(割引債券)調査書、有価証券(投資信託)調査書、有価証券(転換社債)調査書、現金調査書、その他の財産調査書、その他の相続人申告分調査書及び領置てん末書

一  検察事務官作成の捜査報告書二通

一  押収してある相続税の申告書一袋(平成七年押第一三一三号の1)

(法令の適用)

※ 以下の「刑法」は、平成七年法律第九一号による改正前のものである。

被告人の判示行為は、相続税法六八条一項に該当するので、所定刑中懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、情状により同条二項を適用することとし、所定の刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一五〇〇万円に処し、刑法一八条により、右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件犯行に至る経緯等は、次のとおりである。

被告人の実父は二四億円余相当の公表財産のほか、二〇億円近くの割引債券、社債、株式等の隠し財産を保有したまま、平成三年五月一七日に死去したが、相続人らの中では被告人だけがこの隠し財産の存在を知っていて、自らこれを管理していた。被告人は、実父がどのような事情によってこれほど巨額の隠し財産を備蓄したのかは分からなかったが、これを公表することは実父の名誉を損なうであろうという気持ちもあって、その存在を秘したまま、共同相続人四名との間で公表遺産のみについての遺産分割協議書を作成し、これに基づき税理士を通じて、虚偽過少の本件相続税申告に及んだものである。なお、本件発覚後に改めてなされた遺産分割協議の結果等にかんがみると、被告人が本件犯行により得た不法の利益は六〇〇〇万円程度であると考えられる。

本件のほ脱税額は二億九〇〇〇万円近くに達し(ほ脱率は約三四・六パーセント)、本件犯行は共同相続人の関係でも適正な相続税の課税を妨げるという結果をもたらしたものである。また、この種事犯については、一般予防の必要性も大きい。したがって、被告人の刑事責任には軽視を許されないものがあるといわなければならない。

しかし、被告人が除外した遺産は、もともと実父が隠し財産としてひそかに備蓄していたものであり、犯行に至った経緯・動機には若干同情の余地があること、被告人は税務調査を受けるや隠し財産の存在を進んで明らかにし、以来一貫して真摯な反省の態度を示していること、相続した財産を処分して自己の相続税の納税を終えていること(共同相続人の相続税の納税もすべて完了している)、被告人には前科前歴がないことなど被告人のために酌むべき事情もある。

以上のほか一切の事情を総合考慮し、被告人を主文の懲役刑及び罰金刑に処し、懲役刑の執行を猶予するものが相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役一年及び罰金二〇〇〇万円)

(裁判官 安廣文夫)

別紙1

相続財産の内訳

〈省略〉

別紙2

脱税額計算書

〈省略〉

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